さても お立ち合い


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初夏の日差しも健やかに、
時々肌寒な朝を迎えつつも 時候は順調に
溌剌とした…ものになるかどうかまではまだ未知数ながら、
順番で言えば次に来たる梅雨さえ追い越した夏へと向けて進行中。
ツツジの茂みに赤紫や白の花が咲き乱れ、
木洩れ日キラキラ、今日は暑いね、そうだね、
帰りにアイス買っていこうよなんて、女子高生らしい声も届く、
市街地の一角に落ち着いた佇まいで立つ、レンガ造りのビルヂングの4階。
我らが武装探偵社にも、いかにも夏らしいお題目の依頼が一足早めに飛び込んで来ており。

 『ちょこっと山深いところにあった とある企業の研修用の施設が、
  このほど取り壊されて新しい公的な宿泊所に建て直されるのだよ。』

補修して内装をし直せばそのまま民泊より上等な施設になりそな物件を、
市だか官公庁だかが買い受け、
観光客向けの公的な宿泊施設にリノベーションするという計画が施行されるそうで。
数日後に迫った正式な着工式までの“監視”をして欲しいというご依頼で。
その程度の案件、警察が出てくるほどの代物ではなさそうなれど、
だからと言って何でまた 活劇がお得意でグレーな案件に担ぎ出されよう、
我らが頼もしい武装探偵社への依頼なのだろかといえば。

 『ただねぇ。
  そこって随分長いこと放置されていたものだから、
  一見するといわゆる“廃墟”レベルで荒廃しているそうでね。
  若い子の間で心霊スポットとか言われていて、怪しいのが出入りしてもいるそうなのだよ。』

それはどちらに重きが置かれているものか。
心霊という曖昧なものが実在しそうなので何とかしてくれというのだろうか、
いやいやそれはなかろうて。
遊び半分、ただ夜中に騒ぎたいだけの青二才が不法侵入して勝手に溜まりにしているのなら、
警察が押っ取り刀で出張るまでもなかろう、キミらで追い払ってくれと言いたい依頼なのだろう。
……だが。
それにしたってさして大変な依頼とも思えない。
順当な対処として注意しお引き取り願うにしても、何だ やんのかごらと管を巻かれても、
腕に自慢の、若しくは説教上手な顔ぶれもいるとはいえ、
やはりこのレベルの話は、近在の市警か軍警の所轄に振ればいいのにねと、
そうと言って突き返せばいいものを。
だってそれこそ社外に広まってしまっちゃあ困ろう秘密、(?)
ウチのド真面目な叱責係、武芸百般を修めておいでの国木田せんせえ、
実はそういう心霊関係が苦手であらせられ。
そういうかかわりの案件は出来ればスルーさせてやってほしい。
ウチの管轄じゃありませんよと袖にしてやってほしいところ…だってのに。
そこを嗅ぎつけたらしい太宰さんは、むしろ引き受けましょうと膝を乗り出したに違いなく。
大した活劇ではなさそうであればあるほど、
人を揶揄ってもてあそぶという意地の悪い性癖のある太宰に、
心霊スポットという相性最悪な舞台にて
生真面目な彼がいじられまくりとなる流れはもはや確定。
それを否が応にも見守らにゃあならないこっちにも 胃の痛いお務めになりそだなぁと、
自身もまた気が重くなってきた谷崎さん、
ふと、一緒に行く顔ぶれに組まれているもう一人、
虎の少年こと敦くんが妙に静かなのに気が付いて。

 『敦くん? 何か気になることでもあったのかな?』

もしかしてこの子もそういうの苦手なのかな?と。
だったら尚更に、太宰の悪ふざけを出来るだけ阻止せねばと
しょっぱそうな顔になって声をかけた谷崎へ。
そういうのが苦手な国木田だと、
知っておればこそ白々しくも気づかぬふりでいる太宰の人の悪さとは完全に別口だろう、
本心から判らないらしいことへという素直な様子で、

 「あの、シンレーって何ですか?」
 「はい?」

先程の太宰からの説明の中、
心霊スポットとか言われていて、怪しいのが出入りしてもいる…という肝心な下りが
どうやら彼には飲み込めずにいたらしく。
イマドキの言葉はどうもよく判らなくってと思ったものか、
畏れながらという低姿勢で訊いてきた彼だったけれど。

 「え?」 × @

大人や先達らがキョトンとした後、敦くんへと互いの認識を付き合わせ合ううち、
この、当人が妖精のような風貌をした少年、
そういう方面へは 実はちょみっと困った解釈でいるらしいという、
ちょっぴり意外な事実が明らかになったのだった。




     ◇◇


目的地にあった元研修所というのは、
旧の別荘地が広がる閑静な住宅地の奥向きに在す、
ちょっとした山荘のように凝った外観の建物で。
元の持ち主、某企業の創始者一族が もともと持ってた別邸を、
もう使うこともないしと社の福利厚生へ寄贈し、現代風に改装した代物だったとか。
敷地も三千坪以上という広さがあるとのお話で、
のどかに小鳥のさえずりが聞こえる中、
豊かな緑の間を通る格好で、門から緩やかな坂を上がってった先、
洋館風の庇付き玄関ポーチ前には、
ぐるりと車が回って方向転換もしやすそうなロータリーまでしつらえられている。
故意にレトロなレンガ調の外観にしてあった辺りも、なかなかに手の込んだ仕様で、
上階の個室は 遠景ながらも全室から海が望める“オーシャンビュー”だというから、
役職が相当に上級の幹部用のそれだったらしい拵えといえ。
そんな瀟洒で贅沢な代物、
取り壊して建て直すと太宰は言ったが、完全に亡きものにして作り変えるのではなく、
躯体や設備など、使える部分はそのままに、
傷んだところを補修するだけというリノベーション型の改装を施すのらしく、
母屋を取り巻くような足場こそ組んでいるが、ショベルカーなど破砕用の重機の姿は見えない。

 「結構片付いているようですね。」
 「ああ。」

廃屋とか若者が肝試しに入り込んでどうとか、そんな怪しい例え話が出たものだから、
もっとこう、草木が鬱蒼と生い茂る中の廃墟という感じ、
家屋には蔦も絡んで、窓は割れ、
おどろおどろしい様相を想像していたらしい谷崎が、
これなら安心と 安堵したという顔になる。
元は別荘地だったらしいが、
今現在は割と近場にちゃんと生活なさっているご町内もあるのだ、
流石に所有者だった企業のほうでも最低限の手入れはしていたのだろうし。
数日後に控える着工式とやらの準備もあってだろう、
ごみを掃き出しの崩れそうなところを補修しのと 簡単な基礎工事は既に始まっており。
そういう関係者が資材担いで出入りもするので、
こっそり評判の廃墟と訊いた割に、結構賑やかな場所のようだが、

  ただ、先に居合わせた関係者の皆様は 何とも微妙な貌でいる。

作業員の詰め所だろう、簡易な作りの臨時の事務所へ赴き、
これこれこういう任務を依頼されましてと、国木田が相手側の責任者に説明し、
担当ですと4人そろって会釈をすれば。
何とも凸凹した面子揃いだし、
国木田はもとより、太宰といい谷崎といい、どちらかと云やホワイトカラー系、
敦に至ってはイマドキの高校生より頼りない風貌。
よく言って線が細くて 品の良さげな、
見たままから容赦なく評せば、こういう場には縁のなさげな ひ弱そうな男らだというに、

 「いやぁ、流石は公安の人たちだ。
  武装探偵社? ああ成程、度胸がおありだ。」

こんな場所で夜明かしなさるとはと感心されまくり。
イマドキのしゅっとした、あか抜けた印象の人も結構おいでに見えても、
そこは体が資本だろ力仕事を負う人の集まりだろうし、
実際 足腰もしっかとした筋骨頼もしい顔ぶれが多いように見えるのに。
そんなお兄さんたちが、こちらをちらちら伺い見ては感心したよな顔ばかりする。
視線が合ってもそのままで、鼻先で嗤われても業腹だが、
ふんわり笑って ともすりゃあ尊敬するよに小さく頭を下げられまでしては
これはちょっと予想の斜め上すぎて。

 「…もしかして、何か問題現象や事案が起こっているのでしょうか。」

対処の参考に お聞きしてもよろしいかと、国木田が堅い表情で訊けば、
作業用の上っ張りを羽織った恰幅のいい主任さん、
角刈りの頭を頑丈そうで大きな手でするんと後ろへ撫でてから、
困ったように視線をきょろりと泳がせたあと、

 「正式な報告として日報には書いてないことなんですがね…。」

ちょっと公言は出来ない話があるらしく。
声を低めてもちっと寄ってくださいなと目線で促す。
そんな訳ありなお話は国木田と太宰に任せ、谷崎は敦を連れて現場の方へと向かうこととした。

「谷崎さん?」

いいんですかと小首を傾げる敦へ、うんと頷いた ちょっと先輩のお兄さん。

「全員で訊くのでは圧迫感もあろうし、
 此処だけの話という格好にしにくかろうからね。」

そういった心得や機微にはさすが行き届いたお人で、
そっかぁと感心する虎の子くんと共に、改修中の母屋を覗かせてもらう。
外装を剥がされた下地剥き出しの壁や、のちのち芝生を植え直す更地などは
初夏の日にさらされた土が乾いて白く弾け、
それだけ見ても躍動的というか溌剌とした空気を感じたが、
ところどこに塗装用の塗料やセメントの乾いたのをくっつけた、
土工用のサリエルパンツのようなぶかぶかなズボンやポケットの多いベストを着たお兄さんがたは、
ヘルメットの下には結構若向きな髪色やらピアスやらも覗くおしゃれさんなのに、
此方へ気づくと頭を下げる会釈を寄越すところが、一通り礼儀正しくて恐縮する。
来訪者というのが判りやすいよう、腕章をつけているせいもあろうが、
それを装着する前もちらちらとこちらを窺っては、
あ・ガン見してすいませんと頭を下げる顔ぶれが多かったようだし。
そこはやはり親方に付いてる職人さんの世界なのだなぁと、
素直に感心しておれば、

「もしかして、今日此処に泊まって見張る探偵社の人たちっすよね。」

休憩は交代制なのだろう、
資材を担いで足場をゆく人や、
その足場をもう少し高くするのか 六角のボルトを締めあげてる人らと離れて木陰に居た何人か、
首に提げたタオルで頬やこめかみの汗を拭きつつこちらへ気安い声をかけてくる。
谷崎と敦という取り合わせは、どちらかといや馴染みやすい印象があるので、
こんな風に警戒なく話しかけてもらえ、そこから情報を得やすくもあって。
今も、何かしらの好奇心からか、
突然やってきた格好の彼らへ話しかけて来たらしく。
共に居た顔ぶれも“止せよ”と言いつつも強く制しているでなし、
お顔もほころんでいて、何か訊きたそうではある。

「えっと、一応その予定ではあるんですが。」

依頼があっての着任だし、ここの話も一通りは知っておきたい。
とはいえ、あんまり何でもかんでも話してしまうのは不味いので、当たり障りのないよう応じれば、
ほらと、意を得たりという顔になった彼らで、

 「やっぱりな。でももう窃盗事件は収まったのになぁ。」
 「窃盗?」

おやこれは意外なと、
思わぬ単語が飛び出して来て谷崎も敦もキョトンとしたが、
相手はそこまで気づかぬらしく、

 「この現場、よく物が無くなってたんすよ。
  足場の鉄筋組むのに使う、ボルトとナットが箱ごととか、
  特殊フェンス用の金網がロールごととか。」

話しかけてきた男の言いようへそうそうと別な男性が相槌をうち、

 「色々無くなっちゃあ、監督が班長呼び出して、
  管理意識がなっとらんとか、説教されまくりで。」

彼らがいうに、着手当初からの話、器具や道具が行方不明になることが多く、
物品管理が徹底してないと班長さんやら装備担当やらが叱られたが、

 「そんな小っさいもんのうちは、うっかり失くしたって誰もが思ってた。けどね。」

大きめの廃棄資材をダンプへ積むのに使ってた、
紛うことなき重機にあたろうショベルカーが消えた時は、
主任さんも首を傾げたあと、やたら怒ってすまなんだと謝ってきた、と。

 「え?え? ちょっと待ってくださいな。」
 「ショベルカーが消えたですって?」

そんなことは初耳だし、
そもそもこっちは此処で何が起きているのかまではほぼ白紙状態。
廃墟に夜遊び気分の延長で紛れ込む破落戸もどきを警戒すればいい、
何なら排除することになるかもしれぬが、その折はまま穏便に…と、
そんな方向の気構えでいたものだから、
そんな奇妙な紛失騒動が起きていただなんて、
寝耳に水もいいところ。

 「これってもしかして幽霊の仕業なんすか?」
 「探偵さんが投入されるってことは、何かのトリックとかっすか?」

うわあ、もしかしてそんなエンターテイメント性を期待されてたってかと、
微妙にワクワクしていなくもないお兄さんたちににじり寄られ、
いやあの、あのそのと、東西双方のと冠されたヘタレ所員二人があわあわしておれば、

 「こらこら、△△工務店の兄さんたち。
  現場で油売ってちゃあいけねぇな。」

若々しくも伸びやかな声が割り込んで来て、
場の舵を取る新たな人影が颯爽と登場した模様。
善意の好奇心にぐいぐいと押し負かされかかり、
ついつい泡食っていた探偵社の二人が助け船だと振り返った先に居たのは、

 「え?」
 「ちゅ、中也さん?」

え? なんで?(おいおい)




to be continued.(18.05.20.〜)




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 *なんか前半が前の章のお浚いになってしまいましたね、すいません。
  勿体ぶるわけじゃあないのですが、歳をとると話がくどくなるもんでねぇ、お若いの。
  …反省してます、すみません。
  ウチのお話ですから、この顔触れだけで話が進むわけがありません。
  あちらの方々も、何ででしょうか ひょこりと乱入です。
  さあ、場も温もってまいりましたよ。(いや、まだまだかも…)